HISTORY パートスの歴史: ENGLISH

たしかスゥエーデン映画だと思うのだけど、「ある晴れた朝、突然に」って邦題の映画があったはず。。。 それはさておいて、1993年は2月のある寒い朝、ところはスゥエーデンの地方都市ファルコピン。ストックホルムを活動拠点にしている2つのロックグループ、アッグとランドバークが初めてライブハウスで共演した。その時に感じていた音楽的な統一感が、1994年の5月にヴァーナスボルのコンサートで再会した時に強まったそうだ。そうして1999年になるとランドバークのギタリストであるレニ・フィスクは、スゥエーデンの有名なフォークシンガーのツリッドに一緒に演奏しないかと話しあっていた。けれどもその時のレニは、すでにランドバークのベーシストのステファンとアッグのドラマーのリッカルド、そして同じくアッグのキーボディストのジョアンと新しいグループを組むことを考えていたと云う。

2000年8月のツリッドとのラストコンサートともなったロックフェスティバルの後で、リネ、ステファン、リカルド、そしてジョアンが一緒に組んで行くのは自然の流れだった。音楽の力は彼らの間をフルスピードで満たして、早速インストバンドとして2つのTVショーに出演した。(その時のテープはなんと演奏が終わると同時に、誰かに持ち去られてしまったという。おそらくは後で海賊版を出す積もりではないか?、とステファンが云っていたのを思い出す。)そしていよいよレコーディングをすることにしたのだが、誰が歌うのか?ツリッドとやっていた頃から、女性ボーカルが合うのではと思われてたのだが。。。

彼らのすぐそばには、リカルドとずっと作曲を一緒にやってきていた、奥さんのパトロネアがいた! こうして突然に、パートスはこの世に存在することになった。ツリッドも「ティー」と呼ばれる曲で歌詞に貢献してくれた。それはなんと、リカルドとパトロネアの最初の赤ちゃんが産まれた日に書かれたものであった。その歌詞は正にその出来事を語っているものだったのだが、その時のツリッドには気づくはずもなかった。偶然の一致が起こるのはいいことだ。



バンドが描く音楽的な理想像は、アナログスタジオのライブで録音されていた。これらは、ジャズミュージックの為のスタジオを持っていたゴラン・フィーズとの共同作業でもたらされたものだ。(左側の写真の右から2番目の人物が、ゴラン・フィーズ) 彼は、技術者、プロデューサーとして仕事をして来ているが、サキソフォン奏者としてもボー・ハンソンの「魔術師の帽子」(僕も個人的に大好きな)アルバム)に参加しているし、初期のパンタレイのメンバーでもあった。 さて、ふたつの曲がフィーズのスタジオで録音され、さらにボーカルとミキシングは、アンドレア・ダルバックのスタジオ・ラバで行われた。(右側写真の人物が、アンドレア・ダルバック)

ここで紹介しているEPレコードの2曲は、2001年の夏に録音される予定のフルアルバムの断片だ。

トミー・ダレン (意訳 高原光輝)

Sample Sound "Tea"
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